- フルリモート、フル出社、ハイブリッド、いずれにしても、どのように働くか、というワークスタイルについてのカルチャーなので絶対的な正解はない前提
- 僕個人のことだけを考えたら、いずれでもそれなりに適応できると思うし、なんでもいいかなと思う
- とか言いかけたけど [[新宿野村ビル]] の新オフィスがよくて最近頻繁に出社しているし、みんなで社員食堂にいくのもよい
- フルリモートやハイブリッドワークという選択肢が増えたこと、選べる可能性が増えたのは良いことだと純粋に思っている
- 子育ての世帯にとっても選択肢広がって良かった
- 企業間のミーティングがリモートベースになったのも個人的には良かった
- けどこれも本当に良かったかどうかの自信は無い
- 表に出ないような重要な商談はオフラインで行われているのではないか
- というか実際行われている
- 「フルリモートじゃないと優秀な人は採用できないですよ」と唆してくる人たちとは距離を取るようにしている
- どうあれ、自分たちのカルチャーは自分たちで決めること、同調圧力に屈して決めることではない
- オフィス回帰も含めてそう
- 「私はフルリモートが良いです」と主張すること自体は全然良いと思う。その逆も然り
- なんだけど、組織を作る上では、「私」を主語にするのではなく「チーム」を主語にできる人がコミュニケーションの在り方を決める権利を持つべきだと思う
- マネジメントしている人や、コミュニケーションハブになっているような人
- 結果フルリモートでも出社でもいいけど、「本当にこれでいいのか」という逡巡がある人を僕は信頼するし、そういう人と一緒に働きたい
- 僕があんまり気に入らないのは、オフライン前提の時代の利益を十分享受した世代が、さもリモートが当然であるかのように振るまい、若者から機会を奪っていること
- 結局「私」が困っているかどうかということにしか関心がない、そういう人々の話に耳を傾けてはいけないと思う
- フルリモートでは雑談すら計画しないとできない、というのはよく知られた話だが、人間の身体性をもっと重要視するべきだと思う
- ビデオ会議などの情報伝達のスループット、令和の時代においてもまだ低すぎると思う。この辺は技術が進歩すればまた違ってくるのだろう
- ご縁は交換不可能
- ご縁というものは人間個人に紐付くもので、同じインプットをしたら同じアウトプットを返す関数のような存在には紐付かない
- いま一緒に働いている若手に対して10年後に残る縁をいま提供できているかということに関心があるし、それが年長組の役目だと思っている
- 仕事 = お金を稼ぐ時間にそういうものを求めてないという価値観もあるのだろう、そいういう人にとってはタイパが全てだろうし、自己責任で全部やります、というのであればそれはそれで良いのだと思う
- まぁでもご縁ってセレンディピティとともにあるし、そういうもんでもないんですよ、たぶんね
- 都市に住む意味
- 東京に一極集中しすぎているし地域格差も問題だし、都市に住むことを推奨することが良いことだとも思わないけど
- 人が多い、設備が新しい、Apple Store がある、自動化が進んでいる... そういうものすべてが刺激であり情報であり、テクノロジーと無関係ではない
- 通販で何でも買えるじゃん、オンラインで何でもできるじゃん、ということと、街に出て歩いたときの五感から得られるものというのは全く異なると思う
- これも結局身体性の話
- まぁでも都市では得られないものもあるし、僕も自然は好きだし、都市が偉いという話では全然ないです
- 自分の住む場所は自分で決められるのが良いと思う、しかし住む場所によって得られる体験は等価ではないということには注意深くあるべきだと思う
- フルリモート以外は時代遅れ、みたいな感じの勢いが強いときにもずっとこう思っていたけど、いまやっとこうして書いているのは日和っていたのかも知れない
- みんな経営者のことを悪く言いたがるし馬鹿にしたがるけど、経営者には経営者の合理があり、オフィス賃料という超絶固定費なんてなければないほうが良いんです、固定費増やしてまでなぜ出社を増やそうとするのか。その意味を考えるか、鼻で笑うかはその人の世界の見方かなぁと思う
- みんなっていうのは主語が大きかった。SNS で声の大きい人々が扇動するのを気持ちよく思っていなかったという本音が出ちゃう
- ともかく、身体性とか、五感とか、ご縁とか、そういったものがごちゃ混ぜになっているのが人間というものだし、それらを自分で引き受けながら、働き方を自分で選んでいけばいいと思う、あるいは選んでいける社会になっていくと良いと思う